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名古屋地方裁判所 平成9年(わ)1730号 決定 1998年4月20日

被告人 Z・T(昭和54.6.17生)

主文

本件を名古屋家庭裁判所に移送する。

理由

一  本件公訴事実は、「被告人は、相被告人A及び同Bと共謀のうえ、平成9年8月11日午後10時ころ、愛知県豊明市○○町○○×番地の×○○中学校において、C(当時18年)に対し、こもごも、その頭部、顔面等を所携のヘルメット、竹ほうき及び手拳で多数回殴打し、更にその腹部を足蹴にするなどの暴行を加え、よって、同人に急性硬膜下血腫、外傷性くも膜下出血、肺挫傷及び肝損傷等の傷害を負わせ、同月17日午前7時15分ころ、同市○△町○○×番地の××○○病院において、同人を右頭部打撲による硬膜下出血により死亡するに至らしめた」というものであって、右の事実は公判廷において取り調べた関係各証拠により認めることができる。

二  そこで、被告人の処遇について検討する。

1  本件犯行の経緯など

関係各証拠によれば、次のような事実が認められる。すなわち、

(一)  被告人は、平成7年3月、愛知県豊明市内の中学校を卒業後、塗装工見習いなどとして勤務していた。被告人は、C(昭和54年2月3日生)と幼少の頃から親しい友人として交際していたが、平成9年8月初めころ、Cが自宅に帰っていない旨聞き、同人の行動について心配していた。

(二)  被告人の知り合いの相被告人Aは、同月1日ころ、D子を一目見て気に入り、同女に交際を申し込むとともに、同女と一緒にいたCにD子との仲を取り持ってくれるよう頼み込んだ。しかし、D子はCに好意を抱いており、D子とCは急速に親密な交際をするようになった。相被告人Aは、同月9日夜、そのようなD子とCの仲の良い姿を目撃し、Cに対して苦々しく思っていたところ、同月11日午後8時ころ、Cの友人から、CとD子が肉体関係を持っている旨聞き、CにD子を横取りされた、馬鹿にされたなどと思い込み、Cに対する激しい怒りを覚え、その場にいた相被告人Bに対して、Cに乱暴を加えて痛めつけようと持ちかけ、相被告人Bもこれを承諾した。

(三)  相被告人両名は、共謀のうえ、同日午後10時ころ、同市○○町○○×番地の×所在の○○中学校の西側渡り廊下一階付近などにおいて、Cに対し、こもごも、相被告人AがCから取り上げたヘルメットでその頭部を多数回殴りつけ、その腹部等を多数回足で蹴りつけるなどし、相被告人Bが先端に鉄板の入った安全靴を履いた足でその腹部等を多数回蹴りつけ、年下の知り合いから借りたヘルメットや手拳でその頭部等を多数回殴りつけたり、その頭部を足で踏みつけるなどの暴行を加えた。

(四)  被告人は、そのころ自宅で飲酒した後、酔い冷ましなどのため、たまたま友人と右○○中学校に赴いたところ、相被告人Aから、Cが女を横取りしたので暴行を加えている旨聞き、Cの様子を見て、相被告人両名の右暴行及びその結果Cが負傷していることを認識し、相被告人両名の意図を察知するとともに、Cから「不良は嫌いだ」などと言われて憤激し、相被告人両名の暴行行為に引き続き加わることを決意し、ここに相被告人両名と暗黙のうちに意思を相通じて共謀のうえ、前記渡り廊下一階付近などにおいて、Cに対し、こもごも、被告人がその顔面を数回手拳で殴りつけたり、竹ぼうきの柄でその背中等を数回殴りつけ、相被告人Aが竹ぼうきの穂先でその顔面を突くなどし、相被告人Bが竹ぼうきの柄でその背中等を数回殴りつけ、鋲の付いたブレスレットや手拳でその頭部等を数回殴りつけたり、安全靴を履いた足でその腹部を蹴りつけるなどの暴行を加え、よって、右一連の暴行により、Cに対し急性硬膜下血腫、外傷性くも膜下出血、肺挫傷及び肝損傷等の傷害を負わせ、その結果、同月17日午前7時15分ころ、同市○△町○○×番地の××所在の○○病院において、同人を頭部打撲による硬膜下出血により死亡させた。

以上の事実が認められる。

2  本件の犯情など

本件は、前記1に認定したとおり、被告人が、相被告人両名の被害者に対する暴行に途中から加わり、一連の暴行により傷害を負わせた結果、被害者を頭部打撲による硬膜下出血により死亡させたという事案である。

被告人は、相被告人両名から激しい暴行を受けて出血し、既に抵抗できない状態にあった被害者を認識しながら、救助するどころか逆に犯行に加わっているのであって、誠に残忍である。そして、被害者は18歳の若さでかけがえのない生命を失うに至ったのであり、被害者の受けた肉体的、精神約苦痛は甚大であって、豊かな可能性を秘めた将来を閉ざされた無念さは計り知れない。また、我が子の変わり果てた姿に対面した被害者の両親をはじめ遺族の悲しみは察するに余りあり、結果が重大であることはいうまでもない。ところが、被害者や遺族に対する慰謝の措置はほとんど講じられていない。被告人は、被害者の行動を心配していたのに、被害者が相被告人Aの女性を横取りしていたなどと聞き立腹し、また被害者から「不良は嫌いだ」などと言われて憤激して犯行に及んだ旨供述しているが、いずれにしても短絡的な犯行動機に酌むべき事情は乏しい。

3  本件に対する刑事処分の当否

(一)  前記1、2のような事情を合わせ考えると、犯情はよくなく、被告人に対して、刑事処分を科すことも考えられないではない。

(二)  しかしながら、被告人らの果たした役割、暴行の態様や回数、程度、死因に及ぼした影響等をそれぞれ比較検討すると、本件犯行を主導したのは相被告人Aであり、相被告人両名は計画的に犯行に及んでいるうえ、死亡の結果に直接影響を及ぼすような主要な暴行行為を行っているのに対し、被告人の関与は偶発的で、途中から加担したにすぎず、被告人が加えた暴行の程度や結果に及ぼした影響等は相被告人両名に比し比較的低かったと考えられる。

(三)  そこで、被告人の処遇を決するに当たって、更に記録を検討するに、被告人は中学校を卒業し、大工見習いとして数か月働いた後、平成7年8月ころから、塗装工見習いとして働いており、勤務態度は良好であったこと、被告人の家庭は両親が一度離婚し、その後再婚するなど不安定で、被告人は平成9年2月ころから実家を離れて一人暮らしを始めており、必ずしも恵まれた家庭環境とはいえない面もあるが、そのような中で、被告人は喫煙などで2回補導されたことがあるものの前科はもとより前歴もなく、特段目立った問題行動もなかったこと、暴力団や暴走族などの不良集団に帰属したこともないこと、被告人の性格傾向は、社会生活の中で自制を心がけてはいるものの感情統制が十分でなく、苛立ちやすくて気分の安定性を欠き、不快感や寂しさを飲酒などで一気に紛らわせようとする傾向が強く、また飲酒すると抑制を欠いた行動に出やすいこと、更に対人関係の持ち方が未熟で、自己中心的な面があることなどが認められる。

(四)  本件犯行も、被告人のこのような資質面での未熟さが背景になっているところ、被告人は家庭裁判所の調査、審判の段階では、犯行の関与の程度が相被告人両名と比べて比較的低かったことにこだわり、自己の責任や問題性についての認識が必ずしも十分でなかったことが窺われるが、その後、検察官送致決定を受け、更に相当期間の身柄拘束を継続され、また公判廷での審理を通じて、被害者や遺族が受けた苦痛、悲しみについて理解し、「被害者と親しい友人であった自分が共犯者の中で責任が一番重いと思う」旨述べるなど自己の犯した罪責の重大性を自覚するとともに反省の度を深めるに至っている。また、被告人の母親が、今後の指導監督を誓っている。

(五)  そして、遺族の被害感情はいまだ厳しいものがあるものの、主犯格の相被告人両名に対する感情と被告人に対する感情には若干の違いがあると思われることに加え、共同して審理を受けた相被告人両名は、いずれも実刑判決を受けるに至っている。

(六)  現在、被告人は18歳10か月の少年であり、少年保護手続における処遇意見は、家庭裁判所調査官は刑事処分相当であったが、警察官は中等少年院送致(一般短期処遇)、検察官及び鑑別所技官はいずれも中等少年院送致(長期処遇)が相当であるとしていた。

4  結論

以上のような諸事情を総合考慮すると、被告人に対する処遇としては、刑事処分を科すよりも、むしろ家庭裁判所における保護処分に付し、少年のための専門機関である施設内において、専門的、個別的な矯正教育を受けさせることにより、人命を奪った行為の重大性やその責任について一層認識を深めさせるとともに、指摘した資質面での問題点を改善させその更生を図ることが、より相当であると考えられる。

三  よって、少年法55条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 佐藤學 裁判官 島田一 裁判官中島基至は転補のため記名押印することができない。 裁判長裁判官 佐藤學)

別紙 処遇勧告書<省略>

〔参考〕 受移送審(名古屋家 平10(少)1468号 平10.5.1決定)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(非行事実)

少年は、A及びBと共謀の上、平成9年8月11日午後10時ころ、愛知県豊明市○○町○○×番地の×○○中学校において、C(当時18歳)に対し、こもごも、その頭部、顔面等を所携のヘルメット、竹ほうき及び手拳で多数回殴打し、さらにその腹部を足蹴にするなどの暴行を加え、よって、同人に急性硬膜下血腫、外傷性くも膜下出血、肺挫傷及び肝損傷等の傷害を負わせ、同月17日午前7時15分ころ、同市○△町○○×番地の××○○病院において、同人を右頭部打撲による硬膜下出血により死亡するに至らしめたものである。

(法令の適用)

刑法60条、205条

(処遇の理由)

1 本件は、少年が、本件犯行場所に赴いたところ、既に暴行を加えていた共犯少年と偶然出くわし、共犯少年から「被害者が女を横取りしたので暴行を加えている。」旨言われ、また、その後、暴行を受けてぐったりしていた被害者を見て、被害者が少年に対してつきあいが悪くなったことを思い出し不快感を覚えるとともに、被害者から「不良は嫌いだ。」と言われたことなどに憤激して、少年自ら、手拳で被害者の顔面を数回殴打したり、竹ほうきで少年の背中を数回殴打する暴行を加え、共犯少年らの暴行と相まって、被害者を死亡させた傷害致死の事案である。犯行の動機は、短絡的かつ自己中心的なものであることに加えて、少年は、被害者と親しい間柄にあったにもかかわらず、被害者が激しい暴行を受けて出血してかなりの苦痛を受けていることを認識した後も暴行を加えている。そして、少年及び共犯少年の暴行により、被害者は18歳の若さでその尊い生命を奪われたもので、結果は重大である。にもかかわらず、被害者の遺族に対する慰謝の措置はほとんどなされていない。以上からすると少年の責任は重大であるといわざるを得ない。

2 少年は、検察官送致前の調査、審判の段階では、暴行の程度等が他の共犯少年よりも比較的低かったことにとらわれて、事件の重大性の認識が十分でなく、被害者や遺族の心情を十分に察することができず、自分の責任や問題点に目が向いていなかったことが窺われる。しかし、少年は、検察官送致決定後、相当期間の身柄拘束及び公判廷での審理を経て、移送後の審判では、「共犯少年2人より手を出していない分責任は軽いと責任逃れをしていたのは間違いであって、被害者と幼いころから友達で、本来なら助ける立場にあったのに一緒になって殴った私が一番責任が重いと思うようになりました。」と述べるように、自分の責任に対する認織を深めつつあると思われる。

3 少年は、本件において親友であった被害者に「不良は嫌いだ。」などと言われたことを被害的に受けとって暴行を加えている。これは、対人関係の持ち方が自己中心的であって、かつ、対人関係が壊れることに非常に敏感で、感情の安定性を欠くという少年の対人関係における未熟さが顕現したものと思われる。このような少年の対人関係における未熟さは、少年の友人が被害者を裏切る言動をしたことを公判を通じて知ることによって、対人不信感を非常に強めて、他人から裏切られることを極度におそれていることにも顕れており、未だ改善されているとは言い難い。

4 以上からすると、少年については、刑事処分に付するのではなく、事件と少年の資質上の問題(未熟な対人関係のあり方、自己中心的な考え方、共感性の乏しさなど)との関係に対する理解を深めさせ、安定した社会生活が送れることに主眼をおいて、矯正教育を施すのが相当である。なお、事案の重大性や少年の抱える資質上の問題等に鑑み、個別的な処遇が望ましく、また、検察官送致決定後少年が相当期間身柄拘束され、自己の責任に対する認識を深めつつあることなどを思量すると、処遇経過が順調であるならば、比較的短期の処遇課程で仮退院させることも考慮されたく、その旨の処遇勧告をすることとする。

よって、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項を適用して少年を中等少年院に送致することとし、主文のとおり決定する。(裁判官 坂本寛)

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